去る4月27日(水)に、NHKのテレビの「サイエンスQ」という番組がガンの免疫
療法を特集しました。あまり面白くなかったためか、私は途中で居眠りをしてしまい完全
には見ていませんが、久し振りに気になる内容でした。この番組の問題点のいくつかを指
摘して、研究途上の医療技術をマスコミが取り上げることの問題点を考えてみたいと思い
ます。
この治療法の内容自体は、体内からガン細胞を取り出し、それを用いてこれも体から取
り出したガンを破壊する白血球を活性化して、再び体内にもどすという方法です。実際の
医療の現場では数人の患者さんに用いはじめたという段階のようでした。
番組の冒頭、熊本大学の耳鼻科でのこの方法を用いた治療風景が流されました。コンピ
ューター断層写真では確かにガンが小さくなっており、患者さんの奥さんはアナウンサー
の質問に答えて、「おかげで手術で目まで取らなくて良くなった」と喜んでいました。
●早すぎるインタビュー
こう書くといかにもガンが治ったように見えますが、インタビューは病院の庭で行われ
ており、患者さん本人が退院できたわけでもありません。この段階で家族にインタビュー
するというのは早すぎるのではないでしょうか。もうこれからガンが再発しないとは言い
切れませんし、そのあと更に手術が行われたかもしれません。
●なぜ施設を公表するのか
この治療法は、「今年秋の癌治療学会で発表される」ということです。この「これから
学会に発表する」という表現も学会をばかにしているようで許せないのですが、ここでは
目をつぶりましょう。この表現でわかるように、この方法はまだ一般に認められた治療法
ではありません。また体内からガン細胞を取り出す必要があり、適用できるケースは限ら
れます(番組中でもそのことに触れてはいましたが)。それにもかかわらずなぜこの段階
で、研究している施設を公表したのでしょう。おそらく翌日から当の大学には問い合わせ
が殺到したことでしょう。もっとも大学の立場からは、症例を集めるきっかけになるので
迷惑ばかりでもありませんが。
このようにマスコミが不用意に施設名を公表することで困るのは、それに振り回される
患者の方だと思います。私のいる長崎大学へも、新聞で見た新しい治療を受けようと北陸
からはるばる患者さんが来たことがあります。しかし長崎の名はたまたま新聞の最初に載
っていただけで、同様の治療は近くの病院でも受けられたのです。更にその人には従来の
治療法で充分であり、新聞に載った治療法は不要でした。
このような状況を見ると、基礎研究の段階での研究施設の公表はかまわないと思います
が、臨床応用を始めた段階での公表には慎重であって欲しいと思います。
●専門用語のチェックの不備
スタジオでは大学教授が解説をしていました。その解説の中にはついつい専門用語が含
まれてしまいます。ある時アナウンサーが、「特異的とはどういう意味ですか」と質問し
ました。しかし解説の教授は、この「特異的」という言葉の説明の中で再び「特異的」と
いう言葉を使ってしまったのです。私は別にこのミスを責めているわけではありません。
しかしこのことから、この解説は事前に充分な用語のチェックを経た台本に基づいている
のでないことがわかりました。
医師、特に研究者は、専門的な内容について一般の人にもわかるように話すという経験
をあまり持たないのが普通です。ですからかなり気をつけていないと、基礎知識のある相
手と話すのと同じように、話の中に専門用語をちりばめてしまいます。そのような人にテ
レビなどで話してもらう時には、単に事前に打ち合わせるだけでなく、一般に理解できる
か一言一句に至るまで言葉をチェックして台本を作っておくべきではないでしょうか。
以上、この番組で気づいた点のいくつかを挙げてみました。しかし現在のマスコミがす
べて、研究途上の技術の紹介に際して配慮を欠いているとは思いません。
3年ほど前、長崎のNHKがガンの免疫療法を紹介するローカル番組を放送しました。
私はその制作担当者に話を聞く機会がありましたが、再発の可能性のある患者を登場させ
る際の問題点や、番組中で解説者が用いる言葉の選択など、非常に細かい点まで気を配っ
ていたのに驚かされました。
3年後の現在、同じNHKのしかも全国放送の番組が意外にお粗末なものだという驚き
が、司会のアナウンサーの不自然に大袈裟な口調とともに、番組を見終わった私の頭に残
りました。マスメディアが研究途上の先端技術を紹介する際には、もっと慎重になってほ
しいと思います。
P******* CRES